恋したくなる!!海物語:Adiós! Verano… 〜夏の風がくれたもの〜前編/横浜クルージングパーティー



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Adiós! Verano… 〜夏の風がくれたもの〜前編

容赦なく照りつけた太陽も気づけば雲の奥。
船で感じる風は心地よくもあり、ちょっぴり寂しくもある。
女ゴコロと秋の空。
デッキの上で空を眺めながら浮かんだ言葉はそれだった。
それにしても昔の人はよく言ったもんだ。
思わず微笑み混じりのため息がこぼれた。
「何か考え事?」
何も知らない一磨が両手にグラスを持ってやってきた。
「うん?なんでもないよ。なんか夏、終わっちゃったなぁなんて浸ってただけ。」
こうやって一磨とクルージングを楽しんでる自分の心の変化。
今、この時間とこの気持ち、大切にしたい…
杏子は改めてそう感じていた。
「風が気持ちいね!」
ぼんやり浮かぶ島田との夏の思い出をそっと胸の奥にしまい、隣で微笑む一磨のグラスに小さく乾杯した。

小林杏子は出版社勤務の40代女性。
ハイヒールの音を響かせ、都会の風を肩で切る、いかにも絵にかいたようなキャリアウーマンだ。
“カッコいい女”“デキる女”というシルエットに自分をはめ込み、
ショーウィンドウに映る自分の姿をいつもチェックし背筋を伸ばしていた。
冷静かつ合理的。
これが杏子の仕事へのポリシーだ。
一つ一つ確実に積み上げたものは必ず評価として戻ってくる。
仕事は裏切ったりしない。
でも恋愛は?
意思とは別のところで勝手に何かが燃え上がり、相手も自分すらも思うようにならない。
何度も苦しくなり涙を流す夜。
そう。
恋愛とは冷静と合理性のちょうど真逆に位置する厄介な感情。
不思議な魔力に支配され、解ければ結局そこに何も残らない。
自分がみじめになるだけだから…。
たどり着いた答えがそれだった。
そしてそれを正当化するため、余暇の日も手帳を埋め、傷だらけの自分をキレイに誤魔化し続けてきた。
それなりに充実している毎日だった。
でもやっぱり恋愛しないなんてルールは不自然。
島田がこの夏、そう教えてくれた。
悔しいけど今、今の自分が一番輝いている。
認めなくちゃ。

「ちゃんと恋愛してる?」
杏子の後ろを辿る社内の30代予備軍の女の子たちは、最近の杏子の様子とその言葉に顔を見合わせ首をかしげた。

夏。
とあるレジャー雑誌の企画で杏子はチームリーダーとして指揮を執ることになった。しかし突然、取材にあたるはずだった部下が緊急入院。急きょ、チームの責任者として自分の仕事と並行しつつ約2ヶ月の外回り取材をも担当する事になった。
フリーカメラマンの島田亮と二人三脚で各地のレジャー施設やレストランを巡る仕事。何事も体当たりだった若手のあのころを思い出し妙に新鮮に感じられた。
取材の仕事はとにかくハプニングの連続。
昔ならそれがストレスで、自分のキャパの小ささに苦しんだものだけど、今はそれさえも酒のツマミ。
取材スケジュールの調整を兼ねながらの島田と過ごすお酒の時間はいつしか杏子にとって楽しみの時間となっていた。
仲間と打ち解け、心通わせるのは仕事上絶対に必要なこと。
相手が誰であろうとこういう時間で距離を縮めて来た。
何も特別なことじゃない。
でも今回の仕事は何かが少し違った。
お互いプライベートのさらに深い所まで語り合う頃に感じた心の変化。
もっと話がしたい。
もっと一緒に過ごしたい。
そんな自分自信に戸惑いを感じていた。

取材終了二日前。
二人は眼下に海を見下ろす高台のスペインレストランを訪れていた。緑の中にたたずむ白壁の建物はまるで映画のワンシーン。
デートの隠れ家的スポットとして口コミで人気があるのもうなずける。
「あちらがカップルに大人気のテラス席です」
スペイン生活も長いという、いかにもラテンの香り漂う陽気なオーナーが杏子と島田を案内した。
開店前の薄暗い店内に足音が響く。
「こちらです」
カーテンをサッと開けた瞬間、眩しさで目がくらんだ。
目を細めてみると、そこには青い空と青い海。
「いやぁ素晴らしい!青と白のコントラストが最高ですね!」
島田が珍しく感嘆の声を上げ、夢中でシャッターを切り始めた。
その背中は仕事をする男の姿。
服が汚れるのもお構いなしで没頭する姿に杏子は心が揺れていた。
「紹介して頂くお料理ですがね、もう少しで出来上がるのでこれでも飲んでもうしばらくお待ちください。」
そう言い残しオーナーは厨房へと戻って行った。
地中海を思わせるこの太陽と空と海。
無言の二人の間に爽やかな潮風が吹き抜けた。

しばらくするとテーブルに料理が並べられた。
「お待たせしました。ウチはスペインの家庭料理が中心なんです。美味しく紹介してくださいよ!」
オーナーの軽快なトークが現実に引き戻してくれた。

さ、仕事仕事!
メニューをテーブルに並べ、入念にレシピをチェック。
味や感想も細かくメモに書き込んでいく。
いつもの仕事モードの杏子の顔だ。
するといきなり後ろからポンポンと右肩を叩かれた。
ビックリして振り返るとそこにいたずらっぽい表情をした島田が杏子にファインダーを向け一枚。
「仕事してる顔、やっぱいいなぁ!」
杏子はドキッとした。
この瞬間、1つ確実に分かったことがあった。
それは自分が思っている以上にあの“恋愛感情”という厄介なものに包み込まれていたんだということ。

帰宅後。
ジャケットを脱ぎ棄て、大きなため息と同時にソファーに沈み込んだ。
島田のあの時の表情と言葉が脳裏から離れない。
あぁ、なんで今さら恋愛感情なの!?
しかも島田は11歳も年下。
本気になるだけ時間と感情の無駄じゃない!
所詮この感情、夏の魔法なんだから騙されないで!
必至で杏子は心の奥に眠る本当の自分に言い聞かせた。
しかしそんな杏子の叫びが聞こえないのか、
もう1人の自分は楽しそうに島田との一コマ一コマのアルバムをめくっていた。
好意と本気の境目。
40年以上生きてきて身についてしまった卓越した自己防御装置は
そう簡単に狂うことはなかったはずなのに…。

女の幸せ=結婚。
杏子が否定してきたこの方程式を純粋に信じ込むもう一人の自分。
心の奥深くに封印したはずのもう一人の自分は、この方程式に振り回され続けた過去の自分そのものだった。
34歳の時経験した婚約解消という大きな傷。
その傷口は完全にふさぐことなく、時間と共に形成された今の強い自分がそんな昔の自分をひたすらかばっていたのだ。
経験は人を強くする。
でも、
強いだけじゃ人は幸せにはなれない。
大人になるほど恋愛できなくなる理由。
それもよく熟知していることが杏子を苦しめていた。

Adiós, verano…

スペイン語で「サヨナラ、夏」。
あの時出されたカクテルの名の通り、夏の迷いにサヨナラしなくちゃ!